ケースから考える不登校といじめ〜「学校復帰」の先にある社会自立とチーム支援〜(9/19開催報告)不登校

AISES主催のMLA専門講座(心理アドバンス)「ケースから考える不登校といじめ、学校の課題」の研修レポートをお届けします。弘前市で大学教授を務めながらスクールカウンセラー(SC)として高校現場にも立つ小玉教授を講師に迎え、具体的な事例をもとに不登校支援の本質と学校組織の役割について学びを深めました。

不登校理解の出発点:「学校復帰」だけがゴールではない

現在、全国の不登校児童生徒数は35万人を超え過去最高となっています。しかし、この数字を単なる一括りの集団として捉えるのではなく、その「内側」と「裏側」を深く分析することが重要です。
  • 数字の内側:不登校児童生徒の半数以上(90日以上欠席)が長期化しており、高校進学や進級において厳しい選択を迫られています。
  • 数字の裏側:35万人のうち約13万6千人もの子どもたちが、専門機関や適切な支援に繋がっていない状況にあります。

小玉教授は、

「高校を卒業した後の人生は70年、80年と続く。支援のゴールを単なる『学校復帰』だけに求めるのではなく、その先にある社会自立を見据えて目標を設定することが不可欠である」
と強調されました。

また、子どもの行動を捉える視点として、心理学の生態学的システム論である「B = f(P, E)(行動は本人と環境の相互作用によって生じる)」という考え方が共有されました。問題を子ども個人の責任に帰するのではなく、本人(Person)と学校・家庭などの環境(Environment)とのズレに着目する重要性が確認されました。

多角的なアセスメントと「良質な問い」の重要性

不登校の要因は決して一つではありません。問題が発生した際、目に見える現象や一つの出来事だけに囚われるのではなく、多角的なアセスメントを行う必要があります。
 評価・アセスメントで観察すべき視点 
  • 本人の状態・語り:本人がどのように感じ、どのような言葉で表現しているか(困り感の把握)
  • 発達特性と養育歴:幼少期からの発達のプロセスや課題の持ち越し、思考の傾向(百ゼロ思考や感受性の高さなど)
  • 健康と学力:起立性調節障害などの身体症状や医療的情報、学力・学習状況
  • 環境(家庭・学校・地域):保護者の状態や家庭環境、友人関係、教員との関係、学級・学校の安心安全な環境
 解決志向(ソリューションフォーカス)による「良質な問い」 

子どもが困難に直面した際、傷ついた感情への寄り添いはもちろん、子どもによっては、「どうなったら解決と言えるか?」「これから本当はどうなりたいか?」「今自分(先生)が協力きることは何か?」というポジティブな解決志向の問いかけ(ソリューションフォーカスアプローチ)を行うことも、子どもの主体性と回復力(リソース)を引き出す、とお話がありました。

事例から紐解く不登校の背景と学校の課題

講座では、現場で直面する3つの具体的なケース事例を通じて検討が行われました。詳しい内容は会員様限定で公開しております。

⓵体調不良・いじめのグレーゾーンにおける対応
⓶学校側の情報共有不足と誤解から生まれた不当な評価と名誉回復
⓷優等生の不登校と過適応(百ゼロ思考)

組織で子どもを支え、未来へ繋ぐ

不登校という現象の背景には、対人関係の躓きだけでなく、学習保障、評価の課題、教職員間の情報共有不足、合理的配慮の欠如など、学校組織としての課題が複合的に絡み合っています。今すぐできる初期対応をスピーディーに行うとともに、子どもの将来的な社会自立を見据え、学校全体・地域資源を巻き込んだチーム支援体制を整えることが重要です。

参加者の声

今の「不登校」という言葉は、自分が若いときには「登校拒否」という名称でした。確か 1990 年代に、「不登校」という言葉が使われるようになったと記憶しています 。この子たちは登校を拒否しているのではなく、何らかの理由で登校できない状態なのだという判断からの用語の変更でした。さて、本講座担当の小玉教授は、大学の講義と並行して、SC として高等学校の生徒に関わっています。お話を聞きながら、実践に勝るものはないと改めて気付かされましたし、 「良質な問い」の在り方についても深く考えさせられました。また、本講座に参加している皆さんと討議しているうちに、 「令和の日本型教育」(令和 3 年度、文部科学省)を思い出しました。その中の柱に「一人一人の子供を主語にする学校教育」があります 。これは確かに大事なことで、全教員が標榜するべきものです。当然私自身も大賛成です。ただ、本講座で小玉教授がお示しになった不登校者数の推移を改めて見る限り、そこに行き着くためには現状打破の一手(=MLA を軸とした改革)を、具体的に打っていかなければと強く感じました。