「やれば変わる」を、全市で証明し始めている。岩見沢市教育委員会に聞く、MLA導入1年2か月のリアル

「やれば変わる」を、全市で証明し始めている自治体があります。北海道岩見沢市では、MLA(日本版包括的生徒指導モデル)の導入からわずか1年2か月で、不登校児童生徒数の減少や学校不満足群の改善など、子どもたちの変化が目に見える形で現れ始めています。その火付け役であり、現場への伴走者でもあるのが岩見沢市教育委員会。今回は、全市導入の背景、研修設計の工夫、学校現場で起きている変化、そしてこれからの展望まで、お二人にじっくり伺いました。

MLAに関する研修を全市で本格的に始める前、岩見沢市にはどのような課題があったか教えてください。
AISES

辻浦先生
私はその当時、教育委員会ではなく学校現場にいました。ですので、まずは現場の立場からお話しすると、岩見沢市では以前からピア・サポートに取り組んできた土台がありました。ただ、実際の取り組み方は学校ごとにかなり違っていたと思います。私自身、勤務校ではピア・サポートのコーディネーターとして、これまで続けてきた実践を見直しながら、「ここを少し変えた方がいいのではないか」と工夫を加え、先生方に提案しながら進めてきました。でも、それが市内のどの学校でも同じようにできるかというと、なかなか難しかったんです。実践の深まり方や継続のされ方には、どうしても差がありました。また、問題行動等の調査では、令和5年にかけて数値が上昇していました。学校の研修というと、どうしても学力に関するものが中心になりやすいのですが、その一方で、子どもたちの学校生活そのものをどう支えるかという部分については、もっと手立てが必要だと感じていました。

ピア・サポートの土台はあった。それでも「全校で動く仕組み」にはなっていなかった
岩見沢市としては、以前からピア・サポートを推進していたのですね。
AISES

池津先生

はい。岩見沢市教育委員会では、平成25年頃から「ピア・サポートはいいよね」という話が出始め、平成27年度には教育行政方針にも明記しました。各学校で取り組めるように、指導案やプログラムも整備し、任意の研修会も行いながら普及を進めてきました。

ただ、令和4年から5年頃に改めて見えてきたのは、「よい実践がある」ことと、「それが全校で実装されている」ことは別だということでした。各学校が継続的に実践できる組織になっていかないと、どうしても属人的になりやすい。そこで、ピア・サポートだけでなく、PBIS、SEL、協同学習なども含めたMLAという全体像で捉え直し、学校全体で支える形にしていこうと考えました。

その流れの中で、令和5年に栗原先生をお招きして、市内全教職員を対象とした研修会を実施しました。そして令和6年度からは、3年計画・年間60時間のMLA研修を本格的に進めています。

「最初に変わったのは、子どもではなく、先生方の児童生徒観と授業観でした」
「いよいよ来た」と思った。現場から見た全市導入の意味とは

現場から見ると、その全市展開はどのように映っていましたか。
AISES

辻浦先生

率直に言うと、「いよいよ来たか」と思いました。ずっと必要だと感じていたことが、市全体の動きとして始まる。現場にいた立場としては、やっと実現できたという感覚でした。

学校の中で個別に頑張ることはできます。でも、それだけでは限界もあります。全市で方向性がそろい、教育委員会が本気で推進してくれることで、取り組みの意味がまったく違ってくるんです。

北海道内でも比較的大きな自治体で、どう全市展開したのか

あらためて、岩見沢市の規模感についても教えてください。
AISES

池津先生

岩見沢市は、小学校13校、中学校8校、義務教育学校1校です。児童生徒数は全部合わせて5,000人弱くらいですね。北海道内でも比較的大きい自治体の一つです。

地域としては農業も盛んで、玉ねぎの出荷量は全国トップクラスです。ただ、農家家庭ばかりというわけではなく、市街地に近い学校もあれば、農業地域にある学校もある。学校ごとに背景はさまざまです。

地域の子どもたちの特徴については、どう感じていますか。
AISES

辻浦先生

私は岩見沢に来る前、北海道の別の地域にも勤めていました。その経験と比べると、岩見沢の子どもたちは全体的にすごく落ち着いていて、「いい子」が多いと感じています。

ただ、その一方で、大人の顔をうかがったり、正解を求めたりする傾向もあるように思います。もっと子どもらしく、自分の考えを出したり、人とのやり取りの中で考えをつくったりできるようになったらいい。そういう思いは、こちらに来て強くなりました。

池津先生
比較的落ち着いた地域だとは思いますね。学力面ではここ数年少し右肩下がりの傾向もありますが、一方で質問紙調査などでは、「先生は自分を認めてくれている」と感じている子どもの割合は高い。そこは一つの強みだと思っています。

他自治体の先生方が驚きそうなのが、年間60時間という研修設計です。これはどうやって可能にしたのでしょうか。
AISES

池津先生

まず、栗原先生から「年間60時間は必要」というお話がありました。そこで、年間を3期に分けて実施する形にしました。第1期は年度初め、第2期と第3期は長期休業中に組んでいます。

一番大変なのは第1期です。5月の連休明けなので稼業日ですし、修学旅行などと重なることもありますから、現場には確かに負担をかけます。でも、なぜ3期に分けて、なぜここまで必要なのかを丁寧に説明して、各学校に少なくとも1名は出してもらう形をとりました。

初年度は、せっかく学んだ先生がすぐ異動してしまわないように、在籍3年未満の先生を中心にお願いしました。最初は抵抗感もあったと思いますが、受けるたびに「やっぱりいい」「必要だ」という実感が増え、徐々に参加への抵抗感は少なくなっていったと思います

何か別の研修を削ったわけではないのですね。
AISES

池津先生
はい。何かを削ったということではありません。必要なものとして位置づけて進めました。
MLA研修では、実際にどんなことを学ぶのでしょうか

研修内容についても教えてください。
AISES

池津先生

ピア・サポートだけではなく、PBIS、SEL、協同学習、ブリーフカウンセリング的な視点も含めて、MLAの全体像を網羅する形で学んでいます。講義だけではなく、実際にペアやグループでやってみる演習もあります。

単に知識を得るだけではなく、実践につながる形で学べるようにしているのが特徴です。また、実践発表の時間を設け、自校の実践のブラッシュアップや他校の取組から学ぶ時間も設けています。

最初に変わったのは、先生方の「見方」だった

研修による変化は、どこから見えてきましたか。
AISES

池津先生

研修のたびにアンケートを取っているのですが、最も多い変化として挙がるのが、児童生徒観と授業観が変わったということです。先生方にとってかなり情報量の多い研修ではあるのですが、それだけに受ける刺激も大きいのだと思います。

その上で、年度末にかけて各学校がデータを見ながら振り返る中で、保健室の来室者数や不登校の数など、数字にも変化が表れ始めました。数値だけでなく、実践しながら「明らかに子どもたちの様子が変わってきた」と感じている先生も多いと思います。

「明らかに、子どもたちの様子が変わってきているという実感があります」
数字にも、肌感覚にも、変化が表れてきた

岩見沢市では、取組の成果が印象論だけにとどまっていません。実際に、不登校児童生徒数の減少学校不満足群の改善など、変化がデータとして見え始めています。
一方で、お二人のお話からは、数字以上に重みのある言葉も何度も出てきました。それが、「子どもたちの様子が変わってきた」という現場の確かな実感です。
保健室の利用状況、日常の落ち着き、子どもたちの表情、学級の空気。そうしたものが、少しずつ、しかし確実に変わってきている。その感覚と数値が重なってきていることが、岩見沢市の取組の確かさを物語っています。

岩見沢市で実際に導入しているアセスメントツール

子どもたちの変化を、感覚だけでなく客観的に把握していくうえで、岩見沢市ではアセスメントも重要な役割を果たしています。
岩見沢市で採用しているのは、子どもが「学校で上手くやれているな」と感じる程度(適応感)を測る「学校適応感尺度 アセス/アセスWEB版」です。学校満足度や支援ニーズを把握し、学校全体での支援や振り返りに生かすための土台として活用されています。

研修して終わらせない。「自走」へ向かうための仕組みづくり

印象的だったのは、研修をするだけで終わらせず、その後の仕組みづくりまでかなり丁寧に設計されていることです。
AISES

池津先生

最終的な目標は、各学校が自走することです。そのために、教育研究所の中にピア・サポート特別部会をつくって、学んだことを交流したり研究したりする場を整えてきました。

また、各学校1名ずつ「ピア・サポートイノベーター」を位置付けており、今後はその先生方同士の情報交換や協議の場をさらに推進しながら、各校が自校の実態に応じて取組を深めていけるよう伴走していきたいと考えています。

さらに、栗原先生の講義はもちろん、市内で行っている研修会についても積極的に研修動画を「指導室動画配信サイト(SD-bank)」に蓄積し、いつでも振り返りができるような仕組みを構築しております。年間30コマ程度ある研修講座も掲載していく予定です。

辻浦先生
各学校がどう取り組んでいるかを共有できるように、Googleドライブ上で指導案や資料、校内研修の内容なども共有しています。学校ごとの工夫が見えるようになると、他校にとっても大きなヒントになります。
「特別な時間」ではなく、「日常」にしていきたい

今後の展望についてもお聞かせください。
AISES

辻浦先生

現場にいると、先生方の多忙感は本当に大きいと感じます。だからこそ、何かが起きてから対応するのではなく、子どもたち全体を育て、日常を安定させることが、結果として先生方の負担軽減にもつながると思っています。

そして、ピア・サポートやSELを「特別な授業」としてやるだけではなく、学校の日常の中で自然に支え合いが起きる状態をつくっていきたいんです。

学校にはどうしても学級や学年という枠がありますが、もっとそこを柔らかくしていける部分もあるかもしれない。日常の中で、異学年も含めて子どもたちが自然に関わり合い、支え合えるような学校の姿を考えていきたいですね。

池津先生

今後は、ここまでの成果は、市内の先生方の努力のたまものであることを強くお伝えします。そのうえで、先生方の取組が最大限の成果を生むための伴走支援として、「プチ公開研」のように、大規模な研究大会というより、気軽に実践を見合って、その後ざっくばらんに話せるような場も育てていきたいですね。やはり最後は人なので、成果が見えることが大切です。不登校の減少に加えて、最終的には学力向上にもつなげていきたいと思っています。

さらに言えば、学校教育の枠を超えて、市民として安全・安心なまちづくりにつながっていくところまで見据えたい。そこまでいけたら、本当に大きな意味があると思います。

「最終的には、学校教育の枠を超えて、安全なまちづくりにつながっていってほしいと思っています」

岩見沢市の実践が示しているもの

岩見沢市の取り組みを伺っていて感じたのは、成果の背景にあるのが、単に「よいプログラムがある」ということだけではないということでした。
そこには、

  • 全市で方向性をそろえる研修設計
  • 現場に根づかせるための伴走支援
  • 実践を共有する仕組み
  • データで変化を確かめる姿勢
  • 教育委員会と学校現場との信頼関係

があります。
それらが重なって初めて、「やれば変わる」が現実のものとして立ち上がってきている。岩見沢市の実践は、そのことをはっきりと示してくれています。

個人で受講できるMLA研修について見る

岩見沢市の実践を読んで、「自校でも取り入れてみたい」「まずは個人で学んでみたい」と感じた方も多いのではないでしょうか。
MLAに関する研修は、自治体単位での導入だけでなく、個人でも受講することができます。PBIS、SEL、ピア・サポート、協同学習、ブリーフカウンセリングなどを含め、学校全体を支える視点を体系的に学びたい方は、ぜひ詳細をご覧ください。

おわりに

導入からまだ1年2か月。それでも岩見沢市では、子どもたちの変化が、すでに数字にも表れ始めています。
「やれば変わる」。その事実を、自治体規模で示し始めている岩見沢市の取り組みは、これからMLAを学びたい、あるいは導入したいと考える学校や自治体にとって、大きな希望になるはずです。