フィリピンの教育視察報告 ーその2ー

 フィリピンの教育視察報告 ーその1ー から続きます

 

フィリピンの教育事情

1)大規模な改革-K-12と国公立大学の無償化へ

世界の初等中等教育はK-12 といわれる6歳から18歳までの12年制教育が一般的です。

日本も同じです。

このK-12が世界の標準となっている中で、フィリピンの初等中等教育は10年制を敷いており、最も遅れている国の一つでした。

 

しかしフィリピンも2012年から12年制に段階的に移行し、12年生が完成したのが2017年です。

ということは2018年の春の高校卒業生が新制度になって最初の卒業生ということになります。

また、2017年には国公立大学の無償化の法案が成立しました。

フィリピン経済の実態等からその実効性には疑問符を付ける声もありますが、この法律の実施によって高等教育の門戸が大きく開かれたのは事実だと思われます。

フィリピンの教育は2010年代に入って大きな変革の時を迎えていると言ってよいでしょう。

 

2)教育環境の厳しさ

ただ、こうした制度改革に学校の整備が全く追いついていません。

公立小学校の学級規模は、都市部では一学級60~80人です。

それでも入りきらず、体育館で授業を行ったり、1日2交代で運営したりしています。

教育の水準は厳しいものがあるといえます。

私立学校の場合は学校によってもおおむね適正な規模で運営されていると思われますが、学費がかかりますから貧困層には縁がありません。

 

3)公教育は無償というが実際は有償

フィリピンも公教育は無償になっていますが、実態はちがっています。

教室の備品を購入する場合も費用は徴収されますし、特別授業も有償です。

試験を受けるにも費用がかかる場合があります。

日本の義務教育は無償というのとはかなりの違いがあります。

 

4)落第制度

フィリピンの学校教育では実に多くの子どもがドロップアウトしてしまいます。

その理由は経済的な要因と、もう一つは落第制度です。

平均点が80~82点程度で、75点以下の科目が3科目あると自動的に落第、2科目の場合は追試を受け合格すると進級になります。

これは小学校でも同じで、貧困問題と相まって、小学校で3割の子どもがドロップアウトしていく大きな理由の一つになっているようです。

なお、平均点80点程度なのに75点で落第というのはかなり厳しく見えますが、テストの点数だけではなくその他の要因も加味されての数字です。

 

また最近は、進級率が低いと校長先生や先生の教育委員会からの査定が下がるということもあり、終業式後に補習などをしてなんとか進級させているケースが目立っているとのことです。

とはいえ30%との小学生が落第をするというのは深刻です。

 

5)Alternative Learning System(代替教育制度)

大量のドロップアウトが出ることは、社会自体の質を低下させてしまいます。

このことに対する対策として、フィリピンではAlternative Learning Systemというプログラムがあります。

これは、日本における昔の大検、現在の高卒認定試験のような制度です。

日本大使館の説明によると、「フィリピン教育省が管轄する代替教育制度(無料)であり、主に退学児童や学校に行く機会を逃した初等・中等教育未修了者を対象とした教育制度」で、「同制度では、普通教育に比べ短期間で普通教育と同等の卒業資格を得ることができ」「プログラム後期には職業訓練も受けられることから、進学や職業選択の可能性の幅が広がることが期待される制度」とのことです。

このALSのプログラムの授業を教える資格を取得して、そうした子どもや青年を支援しているNGOもいくつもあります。

 

フィリピンの貧困が子どもに与える影響

1)学校に行けない

PEISの校長先生によれば、「正確な数字はわからないけれども約20%の子どもがそうした状況に置かれているのではないか」とのことでした。

E層の貧困は、日本にいては想像が付かないレベルです。

今回は都市部でしたが、田舎はそもそも学校がないという状況があります。

ただ、実際には、貧しかったり学校が遠かったりしても卒業に至ったケースもあるわけで、親、子どもの意思、意欲があれば公立学校に通える環境にある子どもは卒業できるのではないかと酒井さんはおっしゃっておりました。

就学していない子どもたち

就学していない子どもたち

2)劣悪な学習環境と落第、そしてドロップアウト

2000年の東ミンドロ州の記録では、1年生が十年後高校を卒業する割合は10%にすぎなかったということです。

現在ではかなり改善されていますが、それでも小学校卒で70%前後、高校で50%前後のようです。

 

フィリピンの家庭は子どもが多く、そのためE層に属する子どもは6畳一間のようなところに家族5~6人が生活すると言うことも珍しくありません。

そうした家庭では、家計を助けるために、学校が終わると物売りをしたり内職の手伝いをしたりということになります。

家に帰っても机はありませんし、弟や妹の子守をしなくてはなりません。

勉強どころではない状況がそこにはあります。

ストリートチャイルドの7~8割はこうした子どもです。

さらに、ストリートチルドレンの2~3割はこうした状況にも届かない、本当に路上で生活をしているという言い方ができます。

こうした情報はユニセフの子ども白書に最新の統計があるので参考にしてください。

ウエッブサイトにいけばダウンロードが可能です。

https://www.unicef.or.jp/library/sowc/archive.html

 

3)虐待

あるホームページにはマニラ近郊のストリートチルドレンは5万人を超えるだろうと書かれていました。

実数の調査はないでしょうから正確なところはわかりませんが、実際に数多くのストリートチルドレンをこの目で見ましたし、状況からして決して誇張ではないと思われます。

こうした生活状態は、虐待の問題にもつながります。

性的虐待も多いとのことです。

 

今回訪問したSPECSという施設では、そうした子供たちの保護に取り組んでおり、23人の少年たちが共同生活をしていました。

なお、こうした施設は公的なものではなく、海外のキリスト教団体などの支援を受けたNGOなどが運営しています。

公的な支援は全くというほど整備されていません。

 

4)犯罪

今回訪問する際、写真の撮影について伺ったところ、フィリピンでは人身売買がまだ横行しているので、子どもの写真は、個人としてとるのは大丈夫だが、Webサイトに載せたりはできないとのことでした。

個人情報の保護はわかるのですが、それが人身売買につながらないためというのは少なからず驚きでした。

 

PEISの先生方に、「犯罪にもいろいろ原因がある。仮にその原因を、①生活苦から、②人間関係等から、③パーソナリティ上の問題などからの3つとすればどれが一番か?」と質問したところ、「生活苦から犯罪を犯す」と全員が即答をしました。

また、「ドラッグをするのも空腹を忘れるためにやっているという面が強いと思う」という発言もあり、これにも多くの先生が同意していました。

フィリピンではタクシーで詐欺や強奪が起こることは珍しいことではなく、ごく日常だと書きましたが、実際、滞在中に夕食からの帰りにタクシーを利用しようとしたところ、こちらが日本人と判断したからかもしれませんが、3台連続で高めの料金を要求してくるといった状態で、ちょっとした詐欺行為やお釣りのちょろまかしなどは、もはや犯罪の範疇と認識されていないのではないかと思ったほどでした。

ちなみに、国際シンクタンクの経済平和研究所(IEP)が発表した2017年の「世界平和度指数(GPI)」で、日本は163カ国・地域中10位でしたが、フィリピンは138位で、東南アジア諸国連合(ASEAN)主要国で最下位でした。

貧困が実際の犯罪に直結する状況がフィリピンにはあるのかもしれません。

 

5)教師の資質

フィリピンは子どもの数が5~6人いるのが普通ということからわかるように、数万人規模で教師が不足しています。

一方で教師になるためには英語を含む国家試験を通る必要があります。

言い換えれば、教師になる人は英語力がある人材で、そういう人はフィリピン国内で教師になって割に合わない給与で働くよりは、英語力を生かして海外で働いた方が高い給料の仕事に就くことができます。

このように、教師は必要、しかし、高い資質を持った人材は海外に流出というジレンマのなかにあるわけです。

フィリピン政府は公立学校の教員の給与の改善の方向性を打ち出していますが、財源の問題もあるため一朝一夕に進むとは思えません。

現状としては、教師不足、優秀な教員の確保は困難、結果として一学級60~80人という状況で授業が行われ、丁寧な教育はできない、というのが現実だということです。

 

Philippines7

PEISの先生たち。後列中央の男性が理事長。その右隣が今回コーディネートしてくださった酒井さんご夫妻。理事長と私の間が学校長。子どもたちのために本当に頑張っておられた。左端が地域の女性牧師。前列が先生方。非常に若い。私学と公立学校との賃金格差から教員の公立学校への流出が課題。最も長く勤務しているのが学校長で、次が4年目だった。

 

 

執筆:AISES代表理事 栗原慎二

 

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フィリピンの教育視察報告 ーその2ー

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フィリピンの教育事情

1)大規模な改革-K-12と国公立大学の無償化へ

日本を始め世界の初等中等教育はK-12 といわれる6歳から18歳までの12年制教育が一般的です。

日本も同じです。

このK-12が世界の標準となっている中で、フィリピンの初等中等教育は10年制を敷いており、最も遅れている国の一つでした。

 

しかしフィリピンも2012年から12年制に段階的に移行し、12年生が完成したのが2017年です。

ということは2018年の春の高校卒業生が新制度になって最初の卒業生ということになります。

また、2017年には国公立大学の無償化の法案が成立しました。

フィリピン経済の実態等からその実効性には疑問符を付ける声もありますが、この法律の実施によって高等教育の門戸が大きく開かれたのは事実だと思われます。

フィリピンの教育は2010年代に入って大きな変革の時を迎えていると言ってよいでしょう。

 

2)教育環境の厳しさ

ただ、こうした制度改革に学校の整備が全く追いついていません。

公立小学校の学級規模は、都市部では一学級60~80人です。

それでも入りきらず、体育館で授業を行ったり、1日2交代で運営したりしています。

教育の水準は厳しいものがあるといえます。

私立学校の場合は学校によってもおおむね適正な規模で運営されていると思われますが、学費がかかりますから貧困層には縁がありません。

 

3)公教育は無償というが実際は有償

フィリピンも公教育は無償になっていますが、実態はちがっています。

教室の備品を購入する場合も費用は徴収されますし、特別授業も有償です。

試験を受けるにも費用がかかる場合があります。

日本の義務教育は無償というのとはかなりの違いがあります。

 

4)落第制度

フィリピンの学校教育では実に多くの子どもがドロップアウトしてしまいます。

その理由は経済的な要因と、もう一つは落第制度です。

平均点が80~82点程度で、75点以下の科目が3科目あると自動的に落第、2科目の場合は追試を受け合格すると進級になります。

これは小学校でも同じで、貧困問題と相まって、小学校で3割の子どもがドロップアウトしていく大きな理由の一つになっているようです。

なお、平均点80点程度なのに75点で落第というのはかなり厳しく見えますが、テストの点数だけではなくその他の要因も加味されての数字です。

 

また最近は、進級率が低いと校長先生や先生の教育委員会からの査定が下がるということもあり、終業式後に補習などをしてなんとか進級させているケースが目立っているとのことです。

とはいえ30%との小学生が落第をするというのは深刻です。

 

5)Alternative Learning System(代替教育制度)

大量のドロップアウトが出ることは、社会自体の質を低下させてしまいます。

このことに対する対策として、フィリピンではAlternative Learning Systemというプログラムがあります。

これは、日本における昔の大検、現在の高卒認定試験のような制度です。

日本大使館の説明によると、「フィリピン教育省が管轄する代替教育制度(無料)であり、主に退学児童や学校に行く機会を逃した初等・中等教育未修了者を対象とした教育制度」で、「同制度では、普通教育に比べ短期間で普通教育と同等の卒業資格を得ることができ」「プログラム後期には職業訓練も受けられることから、進学や職業選択の可能性の幅が広がることが期待される制度」とのことです。

このALSのプログラムの授業を教える資格を取得して、そうした子どもや青年を支援しているNGOもいくつもあります。

 

フィリピンの貧困が子どもに与える影響

1)学校に行けない

PEISの校長先生によれば、「正確な数字はわからないけれども約20%の子どもがそうした状況に置かれているのではないか」とのことでした。

E層の貧困は、日本にいては想像が付かないレベルです。

今回は都市部でしたが、田舎はそもそも学校がないという状況があります。

ただ、実際には、貧しかったり学校が遠かったりしても卒業に至ったケースもあるわけで、親、子どもの意思、意欲があれば公立学校に通える環境にある子どもは卒業できるのではないかと酒井さんはおっしゃっておりました。

就学していない子どもたち

就学していない子どもたち

2)劣悪な学習環境と落第、そしてドロップアウト

2000年の東ミンドロ州の記録では、1年生が十年後高校を卒業する割合は10%にすぎなかったということです。

現在ではかなり改善されていますが、それでも小学校卒で70%前後、高校で50%前後のようです。

 

フィリピンの家庭は子どもが多く、そのためE層に属する子どもは6畳一間のようなところに家族5~6人が生活すると言うことも珍しくありません。

そうした家庭では、家計を助けるために、学校が終わると物売りをしたり内職の手伝いをしたりということになります。

家に帰っても机はありませんし、弟や妹の子守をしなくてはなりません。

勉強どころではない状況がそこにはあります。

ストリートチャイルドの7~8割はこうした子どもです。

さらに、ストリートチルドレンの2~3割はこうした状況にも届かない、本当に路上で生活をしているという言い方ができます。

こうした情報はユニセフの子ども白書に最新の統計があるので参考にしてください。

ウエッブサイトにいけばダウンロードが可能です。

https://www.unicef.or.jp/library/sowc/archive.html

 

3)虐待 

あるホームページにはマニラ近郊のストリートチルドレンは5万人を超えるだろうと書かれていました。

実数の調査はないでしょうから正確なところはわかりませんが、実際に数多くのストリートチルドレンをこの目で見ましたし、状況からして決して誇張ではないと思われます。

こうした生活状態は、虐待の問題にもつながります。

性的虐待も多いとのことです。

 

今回訪問したSPECSという施設では、そうした子供たちの保護に取り組んでおり、23人の少年たちが共同生活をしていました。

なお、こうした施設は公的なものではなく、海外のキリスト教団体などの支援を受けたNGOなどが運営しています。

公的な支援は全くというほど整備されていません。

 

4)犯罪

今回訪問する際、写真の撮影について伺ったところ、フィリピンでは人身売買がまだ横行しているので、子どもの写真は、個人としてとるのは大丈夫だが、Webサイトに載せたりはできないとのことでした。

個人情報の保護はわかるのですが、それが人身売買につながらないためというのは少なからず驚きでした。

 

PEISの先生方に、「犯罪にもいろいろ原因がある。仮にその原因を、①生活苦から、②人間関係等から、③パーソナリティ上の問題などからの3つとすればどれが一番か?」と質問したところ、「生活苦から犯罪を犯す」と全員が即答をしました。

また、「ドラッグをするのも空腹を忘れるためにやっているという面が強いと思う」という発言もあり、これにも多くの先生が同意していました。

フィリピンではタクシーで詐欺や強奪が起こることは珍しいことではなく、ごく日常だと書きましたが、実際、滞在中に夕食からの帰りにタクシーを利用しようとしたところ、こちらが日本人と判断したからかもしれませんが、3台連続で高めの料金を要求してくるといった状態で、ちょっとした詐欺行為やお釣りのちょろまかしなどは、もはや犯罪の範疇と認識されていないのではないかと思ったほどでした。

ちなみに、国際シンクタンクの経済平和研究所(IEP)が発表した2017年の「世界平和度指数(GPI)」で、日本は163カ国・地域中10位でしたが、フィリピンは138位で、東南アジア諸国連合(ASEAN)主要国で最下位でした。

貧困が実際の犯罪に直結する状況がフィリピンにはあるのかもしれません。

 

5)教師の資質

フィリピンは子どもの数が5~6人いるのが普通ということからわかるように、数万人規模で教師が不足しています。

一方で教師になるためには英語を含む国家試験を通る必要があります。

言い換えれば、教師になる人は英語力がある人材で、そういう人はフィリピン国内で教師になって割に合わない給与で働くよりは、英語力を生かして海外で働いた方が高い給料の仕事に就くことができます。

このように、教師は必要、しかし、高い資質を持った人材は海外に流出というジレンマのなかにあるわけです。

フィリピン政府は公立学校の教員の給与の改善の方向性を打ち出していますが、財源の問題もあるため一朝一夕に進むとは思えません。

現状としては、教師不足、優秀な教員の確保は困難、結果として一学級60~80人という状況で授業が行われ、丁寧な教育はできない、というのが現実だということです。

 

Philippines7

PEISの先生たち。後列中央の男性が理事長。その右隣が今回コーディネートしてくださった酒井さんご夫妻。理事長と私の間が学校長。子どもたちのために本当に頑張っておられた。左端が地域の女性牧師。前列が先生方。非常に若い。私学と公立学校との賃金格差から教員の公立学校への流出が課題。最も長く勤務しているのが学校長で、次が4年目だった。

 

 

執筆:AISES代表理事 栗原慎二

 

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