執筆:栗原 慎二
従来のいじめ対応の問題
いじめに対して文部科学省は,平成19年に,「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」という通知を出しました。
その中では,「問題行動を起こす児童生徒に対し、毅然とした指導を行う」ことが求められる一方で,「児童生徒の様々な悩みを受け止め、積極的に教育相談やカウンセリングを行う」ことも求められています。従来のいじめに関わる実践でも,被害者に対して臨床心理学的な視点からの手厚いケアについての報告が多いように思われます。
ただ,私が「これではダメだ」と思うのは,いじめを個人の問題として考え過ぎているということです。
私が行った調査では、いじめが起こりやすいクラスというものが存在します。つまり、いじめは,個人特性が原因で起こるだけではなく、いじめを生み出しやすい集団があるということです。
加害者になりやすい特性を持った子どもや被害者になりやすい特性を持った子どもは,どこのクラスにも,必ず存在します。それを集団の力によって変えていくこと,言い換えれば,そうした子どもたちが成長を遂げることで,いじめを生み出しにくい集団を作り上げていくことが重要であると考えられます。とりわけパーソナリティがまだまだ柔らかい小中学生の時期には、受容的で共感的な集団の中に身を置くことによって、パーソナリティ自体が成長し,変質していくはずです。
いじめ成立の3要因
加害者にはかつては被害者であった過去をもつことも多いというのは皆さんがご存知の通りです。また、実は彼らは問題解決能力が低いという側面があります。例えば、友だちと意見が異なったとき「殴る、相手があきらめるまで言い続ける」といった解決方法しか思い浮かばない子ども達も実際には多くいます。育ちの中で,そのような解決方法しか学んでいなかったりするわけです。
一方で、被害者側には「いじめられやすさ」を持った子どもがいます。例えば、肌の色が違う、背が低いとか、逆に背が高い、太っているというような身体的な違和感,他には異質性、つまり転校してきた子どものイントネーションの違いや言葉の違いなどです。
こういった子どもたちも,いじめを許容しない空間では、加害者にも被害者にもなりません。いじめられやすさを持っている子どもといじめを許容する空間が同時に存在したときにいじめが起こっているわけです。逆に,いじめを許容しない空間を形成することができれば,その空間に身を置くことで,加害傾向の強い子どもも,人間関係の在り方を学んでいくことができるわけです。
私は,「問題行動を起こす児童生徒に対し、毅然とした指導を行う」ことで,実は問題解決能力も乏しく,ストレスフルな毎日を送っている加害者を,構造的に学校がいじめるような本末転倒な事態が引き起こされることを懸念します。それは加害者の問題解決能力を伸ばすことにもならないし,ストレスを減らすどころかかえって増幅することになるわけです。
もちろん,加害行動を大目に見るべきといったことを言っているのではありません。加害行動が実際に生じる背景には,加害者の育ちの問題や特性の問題,いじめ許容空間の存在などがあるわけですから,そこに着目して,意図的・計画的に手を打っていくことが必要だと思っているわけです。