執筆:栗原 慎二
いじめは見つけられない・止められない
いじめを見つけるのは、実は非常に困難です。
2つの事例をみてみましょう。1つ目は新潟県で起こった事件です。1995年11月,当時中学2年生だったある生徒がいじめを苦に自殺をしました。この事件では最終的には和解が成立しましたが、注目したい点は、この裁判の第一審で,新潟地裁が「第3者からの発見は困難だった」として,親の要求を退けたことです。
2つ目の事件は、秋田市の中学校3年生がインターネットの書き込み(ネットいじめ)がきっかけで不登校になったというものです。この事件では犯人を捜したものの特定には至らなかったとのことです。ネットでのいじめは匿名性が高く,加害者を見つけるのは至難の業と言っていいでしょう。
この二つの事件を挙げたのは,『いじめは見つけられないことがある』ということを確認したかったからです。それは,いじめ対策は,加害者を特定できないいじめがあるという事実からスタートしなければならないということを意味します。
さらに、少々古いのですが,文部省は「児童生徒のいじめ等に関するアンケート調査」(児童生徒の問題行動等に関する調査研究協力者会議,2006)を行い,その結果を公表しました。そのなかに興味深い数値があります。
実際にいじめられた体験のある子どもがいるクラスの担任に尋ねたに、小学校で4割、中学校で3割、高校で7割の担任が「自分のクラスにはいじめはない」と回答していました。つまり実際にはいじめがあるにもかかわらず,教師は気づいていなかったということです。
こう述べると教師のいじめに対する把握能力が低いように思われますが、必ずしも教師だけではありません。同様に,いじめられている子どもの保護者にアンケートしたところ,わが子がいじめられているのにも関わらず、小中学校では6割の保護者が、高等学校ではなんと8割の親が実際には「いじめられていない」もしくは「わからない」と回答しているのです。毎日間近で子どもの顔を見ている親でさえ、このような実態なのです。
このように考えると、単に教師にとっていじめを発見することが難しいだけではなく、大人にとっていじめを発見することが難しいということが言えます。
なぜ大人はいじめを見つけられないか
しかし,なぜ,大人はいじめを見つけられないのでしょうか。
第一に,大人にはわからないようにやるのがいじめだからです。加害者が見つからないようにいじめをするからに他なりません。実際、加害者の保護者はほとんど気が付かないのが現実です。
第二に,被害者がきちんと親や教師に伝えないからです。子どもが親に対して「自分は、いじめを話したので知っていると思う」と子どもが回答したケースで、その保護者に「子どもはいじめられていますか」と聞いたところ、小中学校では約2割、高等学校では約4割の保護者が「いじめられていない」と回答しています。子どもは直接親にいじめの事実を話しているにもかかわらず、親は自覚がないわけです。
森田ら(1999)によれば,いじめを知られたくない人として,子どもたちは保護者を一番に挙げており,その割合は約4~5割に上ります。こうしたことを考え合わせると,おそらく子どもが親に話す際に、「僕はいじめられているんだ」というようなはっきりとした話し方をしていないことが考えられます。
こうした数値からは,いじめに対する大人の感性が問われていると言うこともできます。しかし,確かに子どもの一挙手一投足に心を配っていることは大事だとは思います。しかし,それでもいじめ被害を見つけることは難しく、いじめ加害を見つけることも難しいと考える方が,より現実的ではないかと思います。