執筆:栗原 慎二
特性を受け入れる支持的風土で「みんなと仲良くなりたい!」
「発達障害の子に、発達障害の症状が出るのは当たり前で、責めても仕方がない」。
このことを重々に理解してください。
ADHDの子に、「ADHDなのはわかるが、授業中に飛び出すのは許さない」というのは、風邪をひいてる人に「風邪を引くのは仕方ないが、会議中に咳をするのは許さない」ことを求めるのと同じこと。
衝動性も症状の一つなのです。
それなのに、教師が「この子を何とか変えてやろう」と思うのは、「障害をもっている人は社会に迷惑をかけるから、その人を変えるべきだ」という潜在意識の表れで、このような潜在意識は子どもに伝わります。
そんな人ばかりになったら、この社会はどうなりますか?
「優しくなる」とは「他者を理解し、受け入れること」です。その子を変えるのではなく、「自分たちが変わる」。
そういう子どもたちになれば、彼らが大人になったとき、温かい社会を築く形成者になれるでしょう。金子みすゞの詩にあるように、「みんなちがって、みんないい」。相互理解こそが“理解的支持的風土”を築きます。
また、「クラスのみんなが自分のことをわかってくれて、サポートしようとしてくれる」という気付きは、「みんなと仲良くしたい。だからすぐにキレないようにしよう」という動機付けにつながります。
「感情を共有する」「存在を楽しむ」
こんな事例もありました。ADHDのために保護者にも見放され、転校も余儀なくされた子に対して、教室を飛び出してしまうときにも、思い切り甘えさせてあげる「ラブラブ大作戦」を実行した学校がありました。
教室を飛び出して、校庭の池で「何かいるのかな?」としゃがみこんでいるその子に、教頭先生が網を持ってきて、一緒に「何だろうね?」と付き合ってあげました。その子にとっては、一緒にワクワク感を共有してもらったことで落ち着き、その後、おとなしく教室に戻っていきました。
その子が興味をもっているゲームや好きな音楽などの話をとことん聞いてあげて、教師自身も楽しんでいる様子を見せてあげるのも効果があります。「その子の存在を楽しんでいる」のが伝われば、自尊感情がボロボロになっている子も、自分の存在に肯定的になれます。
楽しい時間を一緒に過ごして、感情を共有する。その子がいることを喜ぶ。「僕なんかいなければいい」という感情が薄らいでいくことで、事態は好転していくはずです。
この記事は、小学館『小三教育技術』2017年10月号(構成・文/谷口のりこ )をもとに一部修正して掲載しました。