フィリピンの教育視察報告 ーその3ー

 フィリピンの教育視察報告 ーその2ー から続きます

 

私たちにできること

AISESは、「子どもと学校への支援、教育に携わる人材育成を行い、我が国をはじめとする世界各国の教育の向上に寄与すること」を目的とした研究所です。

今回の訪問は、この目的を達するため、フィリピンの教育事情を視察調査し、AISESとして支援することの妥当性、可能性、現実性を検討しようという意図で実施しました。

そんなわけで考えられる可能性について考えてみたいと思います。

なお、今回視察したのはマニラ近郊の都市部で、農村部には行っていませんので、あくまでも今回の調査で感じたことをベースにしています。

 

1)奨学金等の資金的支援

 公立学校の場合には難しいようですが、私立学校の場合、寄付を奨学金とすることで所得水準がDやEの家庭の子どもに教育の機会を提供することができます。

 

2)教育環境の整備に関する支援

PEISの先生からは「顕微鏡等の備品があればありがたい」という声を聴きました。

楽器等もないそうです。

こうした教育関係の備品の提供を通じて支援するというのが教育の質の改善につながることは容易に想像ができます。

 

3)学習支援

学ぶための教科書やノートや筆記用具がないという状況、一教室に60人もの子どもがひしめく状況、教師が不足し手が回らないという状況下では、学習自体を支援することも重要と考えられます。

 

以上の3つについては、それがなければ教育を受けられない子どもがいること、ついていけない子どもがいること、できない授業があることは確かなので、確かに必要なのですが、こうした問題に取り組んでいる団体も多くありますので、AISESが何かをやるにしてもメインになることではないと考えています。

一方、次のような支援は、私たちが考えてもいいことではないかと思っています。

 

4)愛着問題についての教師の理解の支援

貧困と犯罪、貧困と虐待が不可分に結びついた社会状況の中で、ストリートチルドレンの問題などがあり、そうした子どもを保護するNGOなども多く活動しています。

今回訪問をしたSPECSもそうした施設の一つですが、こうした施設において、愛着問題の改善のための基本的なかかわり方のワークショップをしたり、愛着形成や自尊感情の改善プログラムなどを提供するなどの支援は可能かもしれません。

日本のアニメをみるSPECSの子どもたち

日本のアニメをみるSPECSの子どもたち

5)発達障害や心理教育についての教師対象ワークショップ

今回、PEISを訪問した際に、「子どもたちと関わっていて困ることはないか」と質問をしました。

そうしたところ、子どもたちは全体とすればまじめに授業を受け、前向きに取り組んでいるとのことでしたが、それでも話を聞くと、「~~という子どもがいる」という話が出てきました。

それはいわゆる発達障害の子どもの話が多かったです。

また、自尊感情の低い子供が多く、シャイで、自分から現状を変えるような動きをする子どもはなかなかいないようでした。

子どもたちの実態をきちんと理解してからという条件は付きますが、こうした点について、何かできることはあるかもしれないと感じました。

 

6)キャリア教育プログラムの提供

フィリピンには、虐待、貧困、厳しい学習環境、不安定な社会環境等、子どもの成長を阻害する要因は数多くありました。

それらは当然解決に向けた努力が必要なことですが、教育にはもう一つの面があり、そうした要因があるにもかかわらず自己実現をしようとする夢や希望や力を育むことです。

すなわちキャリア教育プログラムを用意するということは可能かもしれないと感じました。

 

ただ、一つ考慮しなければいけない点があって、学力の高いフィリピン人の多くは海外指向であり、支援した教師や子どもが海外に出てしまってはフィリピンという国の支援としては有効性が低くなるということです。

こうしたことを踏まえ、また、同行してくださったNGOの方の意見等を参考に、たとえばキャリア選択の前段階に当たる中2段階ぐらいで、当該学年の先生と子どもをフィリピンの優れたリソースを巡る小旅行に招待するということを考えました。

フィリピンでは修学旅行という教育活動はありませんし、貧困家庭の場合はそうしたフィリピンの国内旅行に出るというチャンスもありません。

そうした子どもたちに、フィリピンの可能性を学ぶことのできるような企画を用意し、この国の未来のために働くというヴィジョンを与える機会が作れればと考えました。

PEISのヴィジョンが、「この国の未来のリーダーを育てる」といものであること、人数も中学校ぐらいになるとそれほど多くはないこと、フィリピン国内旅行であれば、資金的にも法外なものはかからないと予想されることなどから、実現可能性は低くないと考えました。

 

7)問題解決に関する学習プログラム

今回の訪問でフィリピン人の国民性について、驚くことも多くありました。

良い点についていえば、これだけ厳しい環境にもかかわらず前向きに生きようとする楽観性や明朗性、ホスピタリティ、家族主義や仲間意識などは、短い滞在期間でしたが、はっきりと感じ取れました。

仕事面でもちょっとした創意工夫があったりするのも感心した点です。

 

一方で、長所をひっくり返した側面もあります。

仲間意識が強い結果、そこから抜け出そうとすると足を引っ張ったり、ねたみや嫉妬が生じたりする傾向があるようです。

これもNGOの方から「支援するときには不平等が生じないようにすることが大事」とアドバイスされました。

また、プライドが高く、それを傷つけられることを日本人以上に嫌い、そのために対立を表面化させない傾向があるようです。

そうなると潜在的な葛藤や相違は本当は解決しないわけですが、事を荒立てるよりは、プライドや人を傷つけないようにすることを優先させているようです。

親切心やホスピタリティがそのことを可能にしているのかも知れません。

 

つまり、問題解決の手法が、事を荒立てないことであったり、先送りであったりするということです。

日本でもこういうことは往々にしてみられるわけですが、フィリピンはその傾向が日本よりもはるかに強いということ、そして驚くべきことに、そのことに何も問題を感じていないということです。

 

問題解決の方略には、問題そのものの解決を目指す問題焦点型対処方略と、問題に対する情動(感情)的な反応をコントロールする情動焦点型対処方略があります。

問題焦点型の対処方略は対処可能な状況では当然有効ですが、対処不可能な状況でこの方略を使うと、問題は解決に向かわないわけですから、かえってイライラしたり鬱になったりする結果に陥ります。

逆に情動焦点型対処方略は、「悩んでも仕方がないことは悩まない」というような方略ですから、対処不可能な状況では有効な方略ですが、対処可能な状況でもこの方略を用いていると、当然問題は解決せず、いつまでも問題状況の中にとどまらざるを得ないことになります。

 

フィリピンに行って思ったのは、「日本人は問題解決型対処方略を選ぶ場面が多く、結果としてイライラや鬱になる傾向があり、フィリピン人は情動対処型対処方略を選択しがちで、その結果問題状況が続く結果になっているかも知れない」ということです。

また、信仰心の厚い国でもあるわけですが、受動的で、自ら問題解決をしようとしない傾向が、「神に祈る、ゆだねる」ということを隠れ蓑にしている可能性もあるのではないかと感じました。

以上のことからすると、どれだけ有効なのかは分かりませんが、問題解決スキルの学習などは有効性の高いプログラムなのかも知れないと思った次第です。

 

7)セルフマネジメントに関する学習プログラム

問題解決という対処方略を学ぶことと、もう一つ大切かも知れないと思ったのが、セルフマネジメントです。

日本人は時間や金銭について「5分前集合」「時は金なり」「もったいない」という感覚を身につけていますが、この点に関しては、全く違う次元の感覚で生活しているように思われます。例えば銀行口座の保有率も成人の30%程度で、70%は銀行口座を持っていません。

また、持っているにしても、その3分の2が1万ペソ以下とのことです。

つまり貧困であることも手伝って、持っている金銭は使ってしまうと言うことです。

計画的に貯蓄し運用するという感覚は非常に薄いようです。

今回の視察でも、案内をして下さった方から、「時間を決めても30分、1時間の遅れは当然で、アポイントを取っていても突然のキャンセルも珍しいことではなく、そのことでいちいち怒ったりしても無駄なので、会えたらラッキーぐらいに思っていて下さい」と言われました。

「なかなかすごいな」と思った次第です。

 

問題解決スキルを学んでも、それを実行するセルフマネジメント力がなければ、問題は解決に向かわないことになります。

そんなわけで、時間や金銭等を含むセルフマネジメントのワークショップ型のプログラムが用意できれば、何らかの貢献はできるのかも知れないと考えました。

 

日本が学べること

このように書くと、フィリピンの教育の課題ばかりが強調しているようで、少し反省していますが、日本の教育はこれでいいのかと考えさせられることも多々ありました。

 

先ほど、「日本人は問題解決型対処方略を選ぶ場面が多く、結果としてイライラや鬱になる傾向があり、フィリピン人は情動対処型対処方略を選択しがちで、その結果問題状況が続く結果になっているかも知れない」と書きました。

ある意味、これだけ多くの課題があるのに、なぜ、こんなにも明るく柔和で、気遣いと高いホスピタリティをもつ国民性なのかと考えたとき、彼らの情動対処型対処方略があると思わされました。

情動対処を大事にするからこそ、他者の感情に敏感なのかもしれません。

 

問題の解決が困難な時、問題焦点型対処方略を選択すれば、長期的かつ甚大なストレスにさらされ続けることになります。

仮に情動焦点型対処方略を選択しても、それが個人によるものならば閉塞的であり、アルコールへの依存等に走る可能性も否定できません。

フィリピンでもそうした問題はあるとは思いますが、全体としてみれば、ファミリーや仲間(ピア)からの情緒的サポートがきわめて豊かであることが、「いろいろあるけど何とかやっていけるよ」ということにつながっているような気がします。

時間や金銭のマネジメントが弱いと書けば悪く見えますが、仲間とパーティやダンスをして情動的な対処を行うことで、ストレスを解消し、明日への活力を得ていると言う面は少なからずあるのだろうということです。

 

これは、日本の教育が忘れていることのような気がします。

日本の教育は、情動焦点型対処方略を教えているのでしょうか?

集団としてではなく、個人としての問題焦点型対処方略の獲得は重要ですが、その方略しか持たなければ、個として問題解決ができなければつぶれることになりますし、情動対処方略も個人的なものにとどまるとすれば、やはり閉塞状況に陥ってしまう可能性は高いです。

過酷な現実のなかでも、一族や仲間をもてなし、一族や仲間にもてなされ、その絆を日常的に確認しながら、ともに歌い踊り笑顔で過ごすことで、現実の困難さに対する情動的対処をしていく、そういうたくましさを私はフィリピンから教えてもらった気がします。

そしてそれは日本が学ばなくてはいけないことなのだろうと強く思った点でした。

 

最後に

ずいぶん長くなりましたが、今回の視察報告はここまでにします。

AISESとして何かしたほうがいいのか、するとすれば何が本当に役に立つのか。

この点についてはもう少し慎重に考えていきたいと思いますが、まずは感じたことを整理してみました。

ご意見・ご感想をお聞かせ願えれば幸いです。

 

公益社団法人学校教育開発研究所 代表理事  栗 原 慎 二

 

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