多様性と特別支援」

―ハワイ視察を終えて―

 

執筆:栗原慎二

 

9月3日から12日まで、視察のためにハワイに行ってきました。

ハワイというと「遊びに行ってきたのか」と言われそうですが、今回は、ハワイ大学の全面的な協力を得て、特別支援、UDL、PBIS、平和教育を中心にまじめに視察をしてきました。

まあ、フリータイムは少しゆっくりしましたが。

 

ハワイはその歴史的な背景から移民も多く,ダイバーシティの観点や平和教育が徹底されています。

そんなこともあり,いつか現地を訪問してみたいと願っていたのですが、今回、そのチャンスがあり、視察に至りました。

その結果は期待を裏切らないものでした。

 

これからしばらく,視察で気づいたちょっとしたエピソードを中心に「ハワイ視察記」を連載していきます。今日はその一回目です。

 

 

ハナウマ・ベイ。かつての噴火口が浸食されて今は湾となっている。珊瑚礁に多くの熱帯魚が住む

 

ハワイには,もともとポリネシア系先住民族が住んでいてハワイアンと呼ばれていたわけですが、そこをアメリカが実質的に侵略し併合に至ったという歴史を持っています。

その後いろいろありましたが、現在はアメリカは,その併合が違法であったことをみとめ、ハワイアンの権利を全面的に保障するということが宣言され、実際、そのような政策が行われています。

 

こうした経緯もあり,ハワイには本当に多くの移民が住んでいます。

今回,コーディネートしてくださったのは日本人の高橋桐子先生ですが,桐子先生の所属先はハワイ大学の附属機関であるCDS(Center on Disability Studies)です。

桐子先生以外にも何人かの日本人が働いておられました。

その他にも,コーディネートをして下さったのはナジアさんはマレーシア人、PBISの講義をして下さったカヴィタ先生はインド人、ナオミ先生は名前も見た目も日本人なのですが、ミドルネームがRombanaで日本語は話せませんでした。

仲良くなった研究者の方は二人とも中国人でした。

ハワイ州の人口は130万人ほどですが、そのうちの8万人ほどがハワイアンだそうです。

ただ、ハワイアンといっても混血が進んでいて、「50%ハワイアンの血が流れているとハワイアンだ」とのことでした。

 

これだけ民族的背景が違えば、価値観や行動様式ももちろんまったく違っていて当然で、特定の価値観を強要することは社会にとって不幸なことだと言うことはご理解いただけると思います。

こうした社会で重要なことは、「民族の違いや価値観の違いはあって当然であって,そういった違いをこえて、すべての人が認められ、受け入れられるコミュニティをつくること」なのだということです。

 

このことは特別支援と大いにつながっていると思いました。

障害がある子どもたちを変えるのではなく,そうした多様性のある子どもたちを受け入れる社会を作ることが当然のことのように考えられていました。

 

日本では、「特別支援教育は特別な支援ニーズを持つ子どもたちを一般の社会に適応させること」と誤解されている部分が少なからずあるような気がします。

でもそれは間違いでしょう。

「少数者は不便や差別や無理解があっても忍従すべき」であるはずがありません。

誰もが幸福に生きる権利を持っています。

「特別支援教育は,障害を持つ子どもたちが自己実現することを支援し、最終的にはそのことが可能な社会を作っていくことであり,そのために社会,私たちの心や思考の中に潜むバリアを取り除いていくこと」なのだということをもう一度再確認しました。

 

視察チーム。AISESの研究者5名と学生8名。前列左から二人目が今回コーディネートしてくださった高橋桐子先生(東京大学特任准教授・ハワイ大学障害学センター准教授)

視察チーム。AISESの研究者5名と学生8名。前列左から二人目が今回コーディネートしてくださった高橋桐子先生(東京大学特任准教授・ハワイ大学障害学センター准教授)