ノコギリの目立て

 ある旅人が森の小径を通りかかった時、木こりが一心不乱に木を切っていたそうだ。必死の様子だったので事情を聴くと、日没までに切りたおさなくてはならず、時間がないとのことだった。旅人は「それなら少し手伝いましょう」と共にノコギリを引いたそうだ。ところがいくらやってもなかなか切り倒せない。ちょっと手を休めてノコギリに目をやると、ノコギリの目がボロボロ。これでは切れるはずがないと思った旅人は、「これでは切れるものも切れないのでは」と木こりに問いかけた。すると木こりは流れる汗をぬぐおうともせず、手を休めることもなく、「わかっているがノコギリの目立てをする時間がないんだ」と言いながら木を切り続けたそうだ。

 このお話のオリジナルはどういうものかわかりませんが、昔、私が聞いて「なるほどな」と妙に感心したものです。 教員にとって自分自身や自分の技量をブラッシュアップすることは、ノコギリの目立てです。日本では初任者と10年目の教員が年次研修を受け、さらに10年ごとに免許更新講習があります。その時間は10年ごとに30時間です。 この時間が世界から見て多いのでしょうか、それとも少ないのでしょうか?

 日本の子供たちの問題行動は、なんだかんだと言っても、OECD諸国の中で最低レベル(実は、Wilkinson & Pickett, The Spirit Level (2009)によればデータの存在するOECD 21ケ国の中でダントツに少ない。)それは日本の教員が提供している教育の質が高いんじゃないか?という事は日本の教員研修がそこそこ機能しているんじゃないか?実際のところはどうなんだろう?

 こういった疑問が私の足を世界に向けさせてきました。そしてこれまでに9つの国や地域を訪問し、学校や教育局、教育委員会を視察してきました。 結果ですが、今回訪問したシンガポールの教員研修の時間は100時間が最低です。しかも〝毎年″でした。例を挙げます。視察した学校では、毎週1時間の内部スタッフによる研修。これに加えて、月に1回2時間の外部講師による研修が年に10回程度。さらに、各教員が40時間前後の外部機関でのトレーニング。この3つでトータルで100時間になります。つまり自校の問題を自校のスタッフで研修する時間が40時間、スタッフ全員で専門性を高める高度な研修が20時間、それぞれの専門性を高める研修が40時間です。

 正直なところ、びっくりでした。シンガポールの教員養成ですが、まずは4年制大学を卒業することが求められます。大学進学率は30%で、学力は日本をしのぎますから、潜在的にはかなり力のある人たちが教員になっていると考えられます。しかも教員は大学を出ただけではなれません。大学を卒業した後に、1年間、教員になるための専門機関に行ってトレーニングを受け教員になるとのことでした。日本のシステムとは違うので単純な比較はできませんが、少なくとも教員になるには5年間のトレーニングを受けていることになります。その先生方が教員になったあとも年間100時間の研修を重ね続けていくわけです。

 シンガポールの高い水準の教育を支えているのは、こうした教師の専門性向上システムがあるからなんだろうなと思った次第です。